セラピストにむけた情報発信


 メンタル・ローテーション課題の持つ可能性
−山田実氏の研究成果から



2008年4月10日

メンタルローテーション課題は,簡便に運動イメージを想起させる方法として,リハビリテーションの領域で大変注目されています.

理学療法士の山田実氏(坂田整形外科リハビリテーション,神戸大学大学院医学系研究科)は,リハビリテーションにおける運動イメージの有用性について,精力的な研究活動を展開しています.最近,山田氏の研究成果公表のお手伝いをさせていただく機会に恵まれました.この成果は,研究者にとってもセラピストにとっても非常に面白いものでしたので,この場を借りて紹介いたします.

山田氏の成果は,今年の日本理学療法学術大会にてポスター発表される予定です.
興味のある方は,是非ポスターに足をお運びください.

  山田実,河内崇,樋口貴広.
    「整形外科的疾患によって運動イメージの想起が困難となるのか?
       〜肩関節周囲炎患者における縦断研究〜」


<研究の背景>

メンタルローテーションとは,回転図形からもとの正立図形をイメージする心的活動のことです.
回転刺激として手の写真を利用し,メンタルローテーションの最中の脳活動を測定すると,脳の運動関連領域に活動が見られることがわかっています.この結果は,身体部位の写真を心的に回転する行為が,簡便に運動イメージを想起させる手段として有用である可能性を示しています.

また,Moseley(2006)は整形外科的疾患である難治性疼痛患者のメンタルローテーション能力を測定しました.その結果,提示された刺激が患側肢であった場合,健側肢であった場合に比べて,メンタルローテーションに時間がかかることがわかりました.この結果は,整形外科的疾患が脳の運動関連領域にまで影響を与えていることを示唆しています.


<山田実氏の研究成果>

山田氏は,Moseley(2006)の結果を受けて,肩関節周囲炎患者60名を対象にメンタルローテーション能力の測定をおこないました.コントロールとして年齢を揃えた健常者も60名測定しています.

山田氏の研究の意義は2つあります.
  1. Moseley(2006)の研究成果が,難治性疼痛に特有な問題でなく,整形外科的疾患全般に当てはまるかどうかを検証すること.
  2. リハビリテーションによって整形外科的疾患が回復すると,メンタルローテーション能力も向上するかどうかを検証すること.
特に第2の意義は,大変興味深いものです.もしリハビリテーション介入後に,運動機能回復に伴って,メンタルローテーション能力も向上するなら,リハビリテーションとは末梢への介入を通して中枢にアクセスし,患者の運動機能を回復させている可能性を示すからです.

実験の結果,提示された刺激が患側肢であった場合,健側肢であった場合に比べて,メンタルローテーションの所要時間が長いことがわかりました.しかしながら,リハビリテーション介入後には,患測肢のメンタルローテーションが有意に短くなりました.介入後に運動機能が回復していることも,別の検査で確認しています.コントロール条件の対象者の場合,2回目のメンタルローテーションの所要時間に違いが見られなかったことから,所要時間の短縮は,単に課題に慣れたからではなく,介入の効果と考えられます.

以上の結果は,リハビリテーションの効用が末梢レベルにとどまらず,大脳皮質の可塑的な変化にまで影響しうることを,行動科学的見地から示しています.このような結論は,ヒトの脳画像を用いた研究や,サルを用いた神経生理学的な研究の成果と一致します.

山田氏の研究の魅力は,これらの成果を厳密な実験室場面でなく,実際の臨床場面の測定から示したことにあります.臨床場面の測定結果に基づいて治療効果を科学的に実証するには,様々な制約があり,決して容易ではありません.山田氏の研究は,与えられた制約の中で科学的妥当性を維持するために最大限の努力をしており,その意味でも大変参考になる研
究です.

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